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静岡地方裁判所浜松支部 昭和27年(ワ)282号 判決

原告 門井裏三

被告 村上庄一

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、原告は浜松市田町二百六十八番地の四宅地五十坪七合五勺に対する浜松市戦災都市計画による仮換地第一工区九十九ブロツク四号三十一坪五合九勺の地上に期限の定めなく、かつ賃料一坪につき一ケ年金十八円の賃借権と同一内容を有する使用収益権を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり陳述した。

浜松市田町二百六十八番地の四宅地五十坪七合五勺は、明治四十年原告の先代が所有者訴外伊藤延雄から建物所有の目的を以て期限の定めなく賃借し、原告において右賃借権を相続して賃借していたが、昭和二十年六月十八日空襲により原告所有の同地上の建物が焼失したので、再び建物を建設し、同年十二月頃同訴外人と改めて右土地及びこれに隣接する二十六坪につき期限の定めなく賃料一坪につき一ケ年金十八円の賃貸借契約を締結した。結局原告は右土地につき右契約のような賃借権を有し、同地上に浜松市田町二百六十八番地家屋番号同町百九番木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗一棟建坪六坪及び木造ルーフイング葺平家建居宅一棟建坪六坪を所有し、右建物については昭和二十六年九月二十七日所有権保存登記手続をした。

ところが被告は昭和二十一年二月五日右訴外人から前記二百六十八番地の四の宅地を買受け、昭和二十三年二月九日その旨所有権移転登記手続をしたが、原告は、戦時罹災土地物件令第六条及びこれに代る罹災都市借地借家臨時処理法第十条により前記借地権を以て被告に対抗できるから、被告は前記訴外人の賃貸人たるの地位を承継したものというべきである。

しかして、浜松市は昭和二十三年五月十一日浜松市戦災復興都市計画に基き右二百六十八番地の四の宅地を従前の土地とする仮換地として、同計画第一工区九十九ブロツク四号たる同市田町二百六十八番地、同番地の五及び二百六十七番地の二に跨る三十一坪五合九勺を指定し、その旨被告に通知した。

よつて原告は特別都市計画法第十四条に基き、右従前の土地に対し有していた前記賃借権と同一内容の使用収益権を有するに至つたのであるが、被告において右権利を争うので、これが確認を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

被告の答弁事実に対しては次のように述べた。

原告が、被告主張のとおり浜松市戦災復興都市計画九十九ブロツク六号を仮換地として指定を受けたこと、同ブロツク四号の土地に対し、従前の土地に対する賃借権の指定及び通知を受けたことがないこと、被告が、同ブロツク四号の土地上に住宅兼店舗を所有していること、同市から右家屋の移転命令を受けているが被告主張のような事情のため一部不履行であること、二百六十八番地宅地に対し借地権を有していたが、右借地権に対する仮換地の指定を受けていないことは争わない。原告が借地権を放棄したとの点は否認する。

浜松市に施行された都市計画は特別都市計画法に基く。同法は都市計画法の特例を定め、都市計画法は同法に規定する場合を除く外耕地整理法を準用している。都市計画を行うためには必然的に土地の強制的交換分合たる換地処分が行われ、これは従前の土地の地目、地積、等位等を標準として交付されるが(耕地整理法第三十条)、原則として施行地の全部につき工事完了後に非らればなすことができない(同法第三十一条)。しかし、工事施行のためには、建物工作物の移転その他を必要とするから、その目的のために換地予定地の指定がなされる。(特別都市計画法第十三条、第十五条)。

特別都市計画法第十四条は、換地処分はなるべく権利関係に実質的変更を加えずしてなすのを特色としているが、さればといつて、権利者に権利内容になる使用収益をそのまゝ許したのでは工事を施行できないからその調節を目的とするものである。而て同条は、使用収益権は所有者及び関係者が換地予定地指定の通知を受けた日の翌日から発生する旨を定めているが、かゝる効果は換地予定地の指定そのものによつて生ずるのであつて右通知は効果発生の時期につき一応の基準を定めたにすぎず、従つてかゝる通知を受けなくとも従前の土地につき使用収益権を有する者は換地予定地に対しても使用収益権を有する。即ち、「特別都市計画法第十四条第二項による使用収益しうべき換地予定地の範囲の通知が借地権者関係者になされなかつた場合においても、その通知がなされていないという理由からその権利者の換地予定地に対する使用収益権を否定するものと解すべきではない。何となれば、特別都市計画法にいわゆる換地処分が効力を生ずる時は同法第一条第一項都市計画法第十二条耕地整理法第十七条により、換地は換地認可の告示の日から従前の土地とみなされるのであつて、この事はすなわち従前の土地上の権利は法律上当然換地上の権利に移行し、別段の規定がある場合の外は、これらの権利は唯その客体たる土地を異にする外、その他の点では何等の変動を生じないという趣旨と解すべく、従つてまた換地処分が効力を生ずるまでの経過的措置としてなされる換地予定地の指定の効果すなわち従前の土地上の権利者が同地上に有する権利の内容と同一の使用収益を予定地に対しなしうる権能も亦これと同様の関係に立ち、いやしくも換地予定地の指定の通知が従前の土地所有者になされた以上該土地の借地権者はその換地予定地について従前の土地におけると同一内容の使用収益を所有者に請求し得べきものと解するを相当とする。」(東京地裁昭和二十五年二月二日判決下級裁判所民事裁判例集第一巻第二号一四一頁)からである。又換地予定地又は換地の指定がないからとて当然に借地権者が借地権を失うことはなく、賃貸人が従前の賃貸地につき換地予定地又は換地の指定を受ければ、賃借人はその換地予定地又は換地について従前の土地について持つていた賃借権と同一の権利を行使できる(東京地裁昭和三十年六月八日判決前同例集第六巻第六号千六十九頁、鹿児島簡裁同年七月五日判決前同例集第六巻第七号千三百九頁)。以上の如く特別都市計画法に基き換地予定地の指定が所有者(賃貸人)に対しなされると同時に使用収益権が発生し、その通知の有無は関係なく、一度所有者に対し換地指定がなされた以上借地権者に対し指定がなくとも借地権者はその換地予定地に対し従前の土地におけると同一内容の使用収益権を有することとなると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

原告の主張事実中、被告が昭和二十一年二月五日訴外伊藤延雄から浜松市田町二百六十八番地の四の宅地を買受け、同訴外人と原告との間の右土地に対する原告主張のような賃貸借契約を承継したこと、原告が現に右地上に店舗及び住宅を所有していること、右土地につき原告主張の浜松市都市計画第一工区九十九ブロツク四号として換地予定地が指定され、その旨被告に通知されたことは認めるが、原告が右換地予定地に右賃借権に基く使用収益権を有することは否認する。

原告は浜松市松城町百四十九番百五十番合併百坪を所有していたが、これを従前の土地として、前記二百六十八番地の四及び二百六十八番地の五等に跨る前記計画第一工区九十九ブロツク六号三十九坪九合七勺の換地予定地を指定され、この使用権を獲得した。

都市計画における換地の操作は、現地換地を以て原則とするものであるから本来ならば、被告が右九十九ブロツク六号に指定を受くべき性質のものである。然るに浜松市における換地の操作は現地換地の原則を無視し、因縁と情実によつて随所に飛換地を行い、区劃整理委員から犯罪者を出し物議をかもすに至つたものであるが、原告所有の前記松城町の土地は道路敷地となつていたのを買受けこれを従前の土地として現に原告の賃借土地を換地予定地に指定を受けたのであつて、その換地予定地たるや浜松市内一流の目貫の土地で然も角地であり、原告に対する右処置は将に前記悪例の一である。

被告が指定を受けた前記九十九ブロツク四号の地上には元訴外伊藤延雄所有の建物があり、昭和十一年八月から被告において賃借し営業を継続していたが、昭和二十年六月十八日の空襲により右建物が焼失したので、その敷地二十六坪七合一勺を賃借し、自ら店舗を建設したのである。されば、都市計画が施行されても借地権の指定が受けられるので敢て前記のように土地を買受ける必要はなかつたのであるが、当時三十坪以下の土地には換地を与えないとの風説が流布されて居り、市当局の勧告もあり、安全を期するために買受けたのである。もし被告が原告居住の個所に指定を受くべく強硬に主張したら浜松市としては被告の主張を容れざるを得なかつたのであるが、被告は互譲の精神に基き原告の居住を尊重し、現換地を以て満足したのである。原告の指定を受けた土地は被告のそれよりも数等好条件の場所である。

浜松市が原告に対し、右のような指定をしたのは、原告が右二百六十八番地に換地指定を受ければ前記伊藤延雄に対する借地権を放棄する意思を表示したからである。権利の放棄は必ずしも明示たるを要せず、暗然の表示でもよい、四囲の状勢からして暗然の表示ありたるものと判断されれば、それで充分である。仮りに原告の借地権放棄が明示されなかつたとしても、暗黙に表示されて居るものであるから、原告主張の借地権は既に消滅して居り、これを前提とする原告の本訴請求は理由がない。

前記九十九ブロツク四号は借地権の附着しないものとして被告に指定されたのであるが、所有権以外の権利は特別都市計画法第十三条第二項によつて行政処分たる権利指定の通知があつて始めて権利の移動を生ずるもので、この行政処分がなければ当然には移動を生じるものでないと解すべきところ、前記のような事情により、浜松市としては原告に対し、所有権と借地権とを双方とも行使させる目的で原告に前記九十九ブロツク六号を指定したものではなくさればこそ原告に対しては前記九十九ブロツク四号につき借地権の指定もその通知もしていない。従つて原告は右土地に対し前記賃借権に基く使用収益をなすべき権限を有しないから、本訴請求は理由がない。

原告は前記のとおり松城町の土地を従前の土地として第一工区九十九ブロツク第六号の土地に仮換地の指定を受けた。仮換地指定の法律上の効果は、現実には使用収益の権利を取得するに過ぎないが、都市計画が完了すれば当然に所有権も取得するものであるから、現在においても所有権を取得したのと同様の効果が発生するものである。されば、右の結果は所有権と借地権とが同一人に帰したものであり、債権と債務とが同一人に帰属することとなり、混同の原則によつて原告の借地権は消滅した。原告が買受けた松城町の土地は道路敷地となり、所有権の実体を具えない観念上の存在を有するに過ぎないものであつたと同様に、被告が右伊藤延雄から買受けた土地も、原告に仮換地が指定されると同時に使用収益の権利を失い、被告の所有権は単なる観念上の存在を有するに過ぎないものとなつたのであるが、換地指定の操作によつて被告は右九十九ブロツク第四号の土地に仮換地の指定を受け、これによつて被告が右伊藤延雄に対して有する借地権が消滅したのと同様の理由によつて原告の借地権も消滅したのである。もし被告が原告の借地権を有する土地に仮換地の指定を受け、原告の借地権行使を妨げた結果となるならば、原告は被告に対し借地権の主張をなし得るであろうが、原告は借地権以上の強力なる権利を取得し、原告の保護に何等欠くるところなき措置がとられているのである。従つて右の理由により原告の本訴請求は理由がないと述べた。〈立証省略〉

理由

原告が浜松市田町二百六十八番地の四宅地五十坪七合五勺に賃借権を有し、被告は同土地の所有者であること、被告は昭和二十三年五月十一日浜松市戦災復興都市計画により右土地を従前の土地とし、これに対する換地予定地として同町二百六十八番地外二筆の各一部に跨る右計画第一工区九十九ブロツク四号三十一坪五合九勺の指定通知を受けたが、原告は賃借人として右の指定通知を受けていないことはいずれも当事者間に争がない。

被告は、原告において右従前の土地に対する借地権を放棄した旨抗弁するけれども、被告の全立証を以てしても右事実を認め難く、他にこれを認め得る証拠がないから、右抗弁は採用できない。

原告は従前の土地に対する賃借権者である原告に対し換地予定地の指定通知がなくとも、従前の土地の所有者である被告に対し換地予定地が指定された以上、右指定地に対し、従前の土地に対する賃借権と同一内容の使用収益権を有すると主張し、被告はこれを否定するのでこの点につき考察する。

右換地予定地の指定通知がなされた当時施行されていた特別都市計画法第十三条によれば、土地区劃整理のために必要があるときは、換地予定を指定することができ、その指定をしたときは、換地予定地及び従前の土地所有者にその旨を通知し、且つこれらの土地の全部又は一部について、同条指定の関係者があるときは、これらの関係者にもその旨を通知することになつている。更に同法第十四条によれば、従前の土地の所有者及び関係者は、右の通知を受けた日の翌日から同法第七条第一項若しくは第二項又は耕地整理法第三十条第一項の規定による換地処分が効力を生ずるまで換地予定地について従前の土地に対する権利の内容たる使用収益をなすことができると共に、従前の土地についてはその使用収益をなすことができなくなり、又換地予定地の所有者及び関係者は右の通知を受けた日の翌日から換地予定地の使用収益ができなくなる。これによつて考えれば、換地予定地の指定は、土地所有者又は関係者に対し公法上換地予定地につき使用収益権を設定すると共に従前の土地に対する使用収益を禁止する行政処分であり、通知は、右指定の効力発生要件であると解せられる。

もつとも、同法第一条、都市計画法第十二条、耕地整理法第十七条、第三十条によれば、換地は原則として従前の土地とみなされ、従前の土地に対する権利は換地処分により当然換地上に移行する。しかしながら、このことを以て換地予定地が従前の土地と法律上同一視されるべきものとはいえない。即ち前記特別都市計画法の諸規定特に同法第十四条が換地処分が効力を生ずるまで……と規定していること等と対照すれば、換地予定地の指定は、土地区劃整理の必要上換地処分が効力を生ずるまでの間暫定的な地位を設定するに過ぎないものであつて、最終的な処分である換地と必ずしも解釈を同じくしなければならないという根拠はない。

右の如く考えてくると、原告は被告から賃借していた前記浜松市田町二百六十八番地の四に対する換地予定地の通知を受けていないから、所有者である被告に対し、その通知があつたからとて、当然にその換地予定地上に従前の土地に対する借地権の内容である使用収益権を行使することはできない、といわなければならない。

よつて、原告の本訴請求は、その余の争点に関する判断をなすまでもなく、既にこの点において失当であるから棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 播本格一)

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